※このページは「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会 平成19年度・中間まとめ」への,文化庁による任意の意見募集に対する意見です。
意見の元になったのは「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会中間まとめ」の27~30ページ第3節における「権利制限の見直しについて 1 薬事関係」です。
・参考URL
電子政府利用支援センター 意見募集中案件詳細
意見募集要領(PDF)
文化審議会著作権分科会法制問題小委員会 平成19年度・中間まとめ(PDF)
※なお,以下の文中の「権利制限」はこの場合「著作権への権利制限」を意味します。

法制問題小委員会中間まとめに関する意見

社団法人 自然科学書協会 理事長 本郷允彦

意見
当協会は、科学技術の発展こそが日本再生の基盤になるとの見地から、理学、工学、医学、農学、家政学などの専門出版社が集まって1946年に発足し、1951年9月に文部省(当時)からいち早く社団法人としての認可を受け、今日まで最も歴史の長い出版団体の一つとして活動を展開してきました。現在、積極的に取り組んでいる課題には、活字文化を基盤にした科学技術創造立国の推進、国内外のブックフェアへの協力と参加をはじめさまざまありますが、著作権の保護、出版者の権利保護もきわめて重要な課題として位置づけています。
このような団体として、現在、文化審議会著作権分科会法制問題小委員会で検討されている薬事に関する権利制限の検討については強い関心を持っており、このたびの「中間まとめ」には看過できない問題点が含まれていると考えますので、以下に意見を述べます。

「中間まとめ」を拝見しますと、薬事法第77条の3に基づく情報提供のうち、医療機関・医療関係者からの要望によるものについては、一定の要件の下で権利制限を行う方向で検討することが適当である旨が述べられています。また、そのように考える理由として、「患者の生命、身体に関して迅速な対応が求められることも多いと考えられ、複製について個別に許諾に時間をかけることが不適切な場合もあると考えられる」ことがあげられています。

まず、権利制限を妥当とする理由に、複製について個別に許諾に時間をかけることが不適切な場合もあると考えられる、ということがあげられていますが、複写管理団体(学術著作権協会および日本著作出版権管理システム等)に許諾手続きが委託されている7割弱(国内では約5割)の文献に関していえば、事実の問題として誤っていると言わざるをえません。当協会は、会員社に複写許諾の業務を管理団体に委託している出版社が多い関係上、このあたりの事情はよく理解しているつもりですが、製薬企業は事前にこのような管理団体と年間の基本契約を交わしておきさえすれば、複写する度にいちいち許諾手続きをとる必要はありません。これは意見というよりも、事実の問題です。このような間違った事実認定を前提に議論が進むことのないことを強く求めます。

そのことを申し上げたうえで、権利制限に反対する理由を、主に2つの視点から述べます。
第一に、権利制限は医学系の専門的な書籍・雑誌のそもそもの存立基盤を掘り崩してしまうと考えるからです。実際、このような権利制限が行われますと、医療機関・医療関係者の求めさえあれば、製薬企業は無許諾で複写ができるようになります。ところで、医学系の専門的な書籍・雑誌は、まさしくこのような医療関係者を主要な読者として発行して、実際に購入してもらうことで成立しているのです。権利制限は、さらに読者数を減少させ、出版にきわめて大きな打撃を与えると考えます。
私どもは主に専門的な書籍や雑誌を発行することを生業としておりますが、今日、専門書出版はきわめて厳しい経済的環境におかれています。もともと専門書は、研究者を中心とした専門家が主たる読者であり、読者数も少なく少部数の出版が多いのですが、近年のITの進展、本離れの風潮の中でその傾向はますます強まっています。その結果、発行部数の減少と定価の上昇を招き、ときに発行そのものが困難に、場合によっては不可能になることすらあります。しかしながら、日本の科学・技術や医学・医療の底支えをしているのは、まさしくこれらの専門的な書籍・雑誌であり、それらが読者に支えられて健全に存立できてこそ、科学技術創造立国も国民の健康増進もはじめて可能となります。  したがって、今回のような権利制限を認めていきますと、もともと少数しかいない読者を、さらに減少させ、文化国家の基盤である専門的な書籍・雑誌の発行に著しい困難をもたらすことになります。

次に、問題を国際的な視点で見てみたいと思います。医学系に限らず自然科学分野の専門的書籍・雑誌は、もともと国際的な性格が著しく強いものです。このことは、日本人であっても学術の成果の多くは英文誌に投稿されることからも明らかであります。医療機関・医療関係者からの要望による情報提供においても海外の文献が多く含まれていますが、これも同じ事情から来ています。このことは、いま権利制限の対象として想定されている文献の多数は、実は海外の文献であり、権利者の大部分は海外の個人あるいは法人ということを意味します。そうなりますと、この問題を日本という狭い領域の中だけで考えて済むのかという疑問に突き当たります。
さて、著作権の問題を国際的な視野で見る際に基準となるのは、当然ながらベルヌ条約です。ベルヌ条約で複製権について規定する第9条は、第1項で著作物の複製を許諾する排他的権利が著作者に帰属することを述べたうえで、第2項で次のように述べています。

“特別の場合について(1)の著作物の複製を認める権能は、同盟国の立法に保留される。ただし、そのような複製が当該著作物の通常の利用を妨げず、かつ、その著作者の正当な利益を不当に害しないことを条件とする。”

今回の権利制限は、先ほど述べたことからおわかりいただけるように、「通常の利用を 妨げず、かつ、その著作者の正当な利益を不当に害しない」という上記ベルヌ条約の条件を到底満たしていないと思います。ですから、ベルヌ条約加盟国においても類似の権利制限が現に行われているのであれば、海外の権利者から問題にされないでしょうが、そうでなければ、なぜ日本ではそのような権利制限をするのか、不当ではないか、といわれる可能性がきわめて高いのではないでしょうか?
このことと関連して、「中間まとめ」③留意事項のc項にある次の文章に注目したいと思います。

“実際、諸外国においては製薬企業の行う複製について権利制限を行うより先に、そのような医療関係者による情報取得の体制を整備していることにかんがみれば、……”

これは、諸外国では、医療関係者の情報取得を、まず複製の権利制限をすることによって実現しようとするのではなく、情報取得の体制を整備することで解決を図っているということを述べています。これこそがまっとうな考え方ではないでしょうか。今回の権利制限は、医療界における情報取得の体制の不備に起因する問題を、そのこととして解決する道をとらず、まったく不当にも著作権を制限することによって切り抜けようとしているとしか思えません。

以上により、当協会は、いま検討が進められている権利制限には、強く反対いたします。